台南出張に同行する②。

前回に引き続き今回も台南出張に同行した際の内容をまとめたものです。初回は、市場や夜市をテーマにしましたが、今回は歴史的建造物を中心にお届けします。

 

↓ 先ずは『赤崁楼(せきかんろう)』です。写真は入口。

f:id:kuksa:20181129231519j:plain

 

↓ 池には鯉に似た魚が泳いでいます。現地の方はティラピアと言っておられましたが、それもまた似ている様で違う様な…。とにかく、赤やオレンジ系の色味で鯉に似た魚でした。

f:id:kuksa:20181129231326j:plain

 

↓ 1653年にオランダ人によって建設されました。現在は『赤崁楼』として親しまれていますが、当時はプロヴィンティア城と呼ばれていました。もち米や牡蠣の殻を混ぜたレンガが用いられているのでとても頑丈なんだそうです。

f:id:kuksa:20181129231219j:plain

 

↓ 現在は、当時から残る物を展示するスペースとなっています。

f:id:kuksa:20181129231620j:plain

 

↓ 鄭成功(ていせいこう)の絵が飾られています。

f:id:kuksa:20181129231700j:plain

 

この、台南の地において鄭成功はとても重要です。あちこちに像があり、描かれ、廟もあります。道路の名前にもなっており、国民の英雄とされ、鄭成功の名に因んだ国立成功大学と言う大学まであります。鄭成功はオランダ軍を打ち払ったとして現在にも名を残しています。

 

↓ 『赤崁楼(せきかんろう)』の中は上の階迄上がる事が出来ます。

f:id:kuksa:20181129231759j:plain

 

↓ 南側、成功路側の景色。

f:id:kuksa:20181129231842j:plain

 

↓ 天井を支える部分や天井にも文様が施されています。

f:id:kuksa:20181129231913j:plain

 

↓ 同じ敷地内に似た建物があります。

f:id:kuksa:20181129231938j:plain

 

↓ ここには、学問に関する物が多く展示されています。科舉(科挙)制度についての展示。

f:id:kuksa:20181129232027j:plain

 

↓ 科舉(科挙)制度は官僚になる為の国家試験の様な物で恐ろしく高い倍率だったそうです。それにしても文字が小さい…。

f:id:kuksa:20181129232218j:plain

 

↓ 2階に上がると、筆を持った魁星爺の像があります。魁星爺は科舉の神様で、その手元の筆は学問に関してご利益があるとされています。これまでに、何度も盗難された結果、現在では敷地内にあるお土産物屋さんで筆の販売があります。

f:id:kuksa:20181129232326j:plain

 

↓ 筆迄はいらないけど、実用的な物を…と考える人には足下に鉛筆の販売があります。受験シーズンになると、この鉛筆を求める人が集まるのだそうです。

f:id:kuksa:20181129232441j:plain

 

↓ ここでの神頼みは中々他に無い雰囲気です。日本で言う絵馬の様な物があり、沢山願いが書かれた上で掛けてありました。中には、試験の受験票や試験問題らしき物も直接掛けられています。写真左にも写っている通り、最近は日本語能力試験もあった様で、受験票らしき物には名前も書いてありました…。

f:id:kuksa:20181129232541j:plain

 

ここで自由人のベビーちゃんが力を発揮しました。沢山並ぶ絵馬の様な物を選び始めたのです。「そのまま、そのまま!」と言うも真剣に選んでいました。もはや、どの願いを叶えてあげようかな?と悩んでいるかの様でした。勿論、そんな事は出来ないので、きちんと元に戻して来ましたが、どうやらとても気になる存在だった様です。

 

↓ 更に同じ敷地内にもう1つ建物がありました。教育振興を目的とした書院です。

f:id:kuksa:20181129232611j:plain

 

↓ 中には壁面に少し本が残っていました。破れ、本体から外れてしまっている事典があり、覗いてみると日本語の事典でした。「あ」のページで、アカエイの説明が見えていました。

f:id:kuksa:20181129232633j:plain

 

現在でも、建設当初の遺跡が残されている箇所があります。例えば、お城だった頃の正門である入口や当時のれんが造りの壁です。歴史的に見ても重要な場所で、台南の観光地として必ず名前が挙がる場所です。

 

↓ 続いては『赤崁楼』から程近い『大天后宮(だいてんごぐう)』です。

f:id:kuksa:20181129232713j:plain


↓ 天后とは海の安全を守る道教の女神・媽祖の事で、官設の媽祖廟としては台湾最古です。

f:id:kuksa:20181129232739j:plain

 

↓ ここもすぐ近くにある『祀典式廟』です。『大関帝廟』とも呼ばれています。ここは、1665年に設立された関羽を祀っています。台湾で関羽を祀っているのはここだけだそうです。そして、写真左の金色の点、近くで見ると…

f:id:kuksa:20181129232810j:plain

 

↓ 小さな像です。光が当てられているのか、中が金色なので金色の壁に見えますが、その1つ1つが小さな像でした。

f:id:kuksa:20181129232848j:plain

 

このタイプの物は比較的あちこちで見られました。ピカピカの壁や柱、これらは良く見ると小さな像を祀り、並べてある物です。そして、場所は少し離れますが、中心部へ移動します。

 

↓ そこには『台南孔子廟』があります。台南最古の物だそうですが、これ迄見て来た廟とは全く違う雰囲気です。台湾の儒教を開拓した事により「全治首学」とされています。中央にある大成殿。

f:id:kuksa:20181130115511j:plain

 

↓ 金ぴかの飾りも無く、至って普通に見えます。

f:id:kuksa:20181130115600j:plain

 

↓ 東西に分かれて名前が書かれた位牌が並んでいます。

f:id:kuksa:20181130115923j:plain

 

↓ 『台南孔子廟』の近くには広場の様な公園があります。そこの木をじっと見ていると、何かがちょこちょこっと走ります。『タイワンリス』です。

f:id:kuksa:20181130120143j:plain

 

日本では外来種問題に挙がっている『タイワンリス』ですが、現地でも餌をあげてはいけません!と書かれた看板が沢山見られました。

 

↓ またまた派手な建物です。『北極殿』です。

f:id:kuksa:20181130120231j:plain

 

↓ こちらでは、丁度訪れた時には地域の方が忙しなく何かの準備をされていました。近くで料理をして集まって…何だか公民館や地域のイベント会場の様になっていました。

f:id:kuksa:20181130120358j:plain

 

↓ ここの池に居るのは『赤崁楼』とは違って鯉でした。

f:id:kuksa:20181130120419j:plain

 

↓ 夜の『台湾首廟天壇』です。とにかく派手にキラキラしていました。電飾も使われ輝いています。台湾では唯一の官民合同で建設した『天公廟』で天公の誕生日である1月9日になると、毎年開運を祈願する人々が集まるそうで、これは台南の恒例行事になっているそうです。

f:id:kuksa:20181130120458j:plain

 

↓ 反対側には龍の飾りがあり、クロツラヘラサギの飾りも見られます!クロツラヘラサギは台南の中心部から北西方向に離れた場所に生息地がある鳥です。字の通り、顔が黒く、へら状の嘴を持った鷺です。

f:id:kuksa:20181130120541j:plain

 

この近くには、地元で有名な台湾料理屋さん『阿霞飯店』があります。歴代の総統や財界の著名人、芸能人が通うお店です。日本人の有名人も台南に来ると、このレストランを利用するそうです。

 

↓ 最後は、何度も登場している鄭成功の廟『鄭成功祖廟』です。写真左下には、母子像があり、幼い鄭成功の後ろに女性が立っています。この女性は日本人です。鄭成功はお母さんが日本人で江戸時代の肥前国平戸藩士田川七左衛門の娘、田川マツと言う方です。

f:id:kuksa:20181130120655j:plain

 

鄭成功も幼い頃は、現在の長崎県の平戸で暮らしました。また、当時の名前は福松だったそうです。

 

↓ 1663年に鄭成功の長男である鄭経(ていけい)が父を祀る為に建築しました。

f:id:kuksa:20181130120720j:plain

 

清の時代には『鄭氏家廟』や『昭格堂』と呼ばれた事もあるそうです。他にも、街中のあちこちに廟や何かしらのお祀りをなされた場所がありますが、正直な所、見れば見る程、覚えきれなくなってきます。宗教的な物以外にも、台南の街中には、沢山の歴史的な建築物があります。「胡椒管」と呼ばれるタワーが付いた旧台南気象観測点がある気象博物館、かつての日本勧業銀行台南支店であった現在の土地銀行の神殿の様な建物、国立台湾文学館等々…ご紹介したい場所で溢れていますが、今回はこの位にしておきます。

 

では、次回は台南出張に同行する③で!!!