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仙台出張・登米一人旅。

今回は、仙台市を離れ、高速バスで約1時間半の『登米市登米町(とめしとよままち)』へ一人旅に出掛けて来ました。勿論、旦那さんはお仕事です…。

登米市登米町(とめしとよままち)』ですが、市と町で、同じ〝登米〟の文字を「とめ」「とよま」と読み方を違えるややこしい名前をしています。ここは、明治時代の洋館や蔵造りの商家が並び、『みやぎの明治村』と呼び親しまれています。では、その様子をお届けします。

 

↓ 登米のシンボル『教育資料館』です。1888年(明治21年)に建てられた『旧登米高等尋常小学校』が資料館として展示公開されています。

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↓ 白い柱やバルコニー等、随所に洋風建築らしさが見受けられます。

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↓ 中に入ってみると、当時使用されていた物が沢山展示されています。写真は、タイプライターの数々です。

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↓ こちらは、今で言う家庭科室の様な部屋でしょうか。足踏みミシンが沢山並べられています。

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↓ 全体的にとても良い雰囲気を醸し出している建築物ですが、その大きな要素を構成しているのは、こちらの窓ガラスだと思います。

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全体にゆらゆらと歪んで見えるガラスは、建築当時の物であり、輸入ガラスです。明治初期における国内のガラス産業は日用品を中心に製品としての物が多く、建築材料としての板ガラスの国産生産がすすめられたのは、明治42年頃以降と言われています。また、東日本大震災の際にも複数の窓ガラスが被害を受けましたが、海外から再度輸入して修復されているそうです。

 

↓ 教室内部です。机椅子共に木のしっかりとした物です。

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↓ 見ているだけで暖かくなりそうなストーブです。登校してくるなり、荷物を置いてストーブの周囲に集まり、冷えた手足を温める子どもたちの様子と笑顔が思い浮かびます。

 

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こちらの小学校そのものも素晴らしいのですが、その真後ろには、現在使用されている新しい小学校があります。下校の時間になると、新しい門から出て来る子どもたちを見掛けました。古い物を大切にしている、そんな環境の下で育つ事は素敵だなぁ~と思いました。そんな様子を見つつ、後にしようとすると近くで工事をされていた、おじちゃんに声を掛けられました。「大きい学校やろう?昔はもっと大きいかってな…」と。何と、その方はこちらの卒業生でした。思い出深そうに、色々な話を聞かせて下さいました。

 

↓ 高速道路内の事故もあり、バスの到着が1時間程遅れた事で、とてもお腹がすきました。「何を食べようかな?」と思い、観光案内所にて登米名物の『あぶら麩丼』のおすすめのお店を聞いてみました。その中でも、〝元祖〟とされるお店『味処もん』に行く事にしました。

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↓ 一見、かつ丼や親子丼に見えますが、こちらが『あぶら麩丼』です。

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『あぶら麩』はロールケーキの様な形をした大きな麩です。それを調理用途にあわせて切り分けて使うそうですが、地元の方によると「これだけで味が出る!」逸品との事です。生産者によって異なるそうですが、多くは大豆油等の植物油でカリっと揚げている為、ヘルシーだそうですが、食べ終わった後には満腹でお腹が重くなる程でした。

 

↓ お腹もいっぱいになり、近くを流れる『北上川』沿いを歩いてみました。冷たい風が髪をボサボサにして来るので、早々に退散して次の目的地を目指しました。

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↓ 『警察資料館』です。1968年(昭和43年)迄、実際に使用されていました。

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↓ 中に入ると、白バイ2台とパトカーが展示されています。古い物とは言え、白バイやパトカーに触れる経験は中々無い物であり、少しドキドキしました。

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↓ 続いては…拘置所です。それも、何とも寒そうな造りで、中には甕が埋められただけのお手洗いとペラペラの小さなゴザがあるだけです。しかも相部屋だそうです…。

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↓ 署長室をはじめ色々な部屋、歴代の警察官の制服等が展示されています。

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↓ こちらは1階から2階へと繋がる階段です。階段の擦り減ってしまっている部分は、昔の警察官が履いていた皮靴の裏に付いた鋲によって削られた物だそうです。

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↓ 次は茅葺きの屋根が美しい『旧鈴木家武家住宅(春蘭亭)』です。

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↓ 現在は、建物内の見学とカフェ利用が出来ます。お客さんは私だけでしたが、お店の方に周辺の歴史を聞かせて頂きながら囲炉裏にて暖まりつつ甘酒を頂いて来ました。

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↓ 囲炉裏の上には気になる物が…フナの仲間の燻製だそうです。そして、その串が刺さった籠の様な物は『弁慶』と言う道具との事。

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「え?弁慶さんの弁慶ですか?」と聞くと「そうですよ。弁慶は矢を浴びて亡くなったでしょう」と…。確かに、言い伝えとして雨の様な矢を浴びた〝弁慶の立往生〟は有名な話ですが、それをそのまま道具に名付けるセンスに驚きました。

 

↓ 楽しいお話を聞かせて頂き、その後は外の庭をぐるりと見学しました。ちなみに写真にある井戸は本物の井戸ではないそうです。藤沢周平原作、豊川悦司主演の映画『必死剣鳥刺し』のロケ地として急遽設置した〝井戸風置物〟をそのままにした物だそうです。

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↓ それにしても、人が居ません。観光オフシーズンの平日だから…とは言え、お店の方以外で住民の方を2人、工事中の方を2人、下校時の小学生数人しか見掛けませんでした。

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↓ 最後のご紹介は『水沢県庁記念館』です。その昔、登米の地は『水沢県』の県庁所在地だった歴史があります。『北上川』によって船運と共に栄えていたそうです。

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↓ 中には、裁判所がありました。本来、裁判所がある場所が遠く、近くに裁判所を作って欲しいとの住民からの声で作られたそうですが、当時、どれ程、裁判が多かったのでしょうか…。

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↓ 伊藤博文の直筆の書も掲げられていました。

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書かれている文字は「萬壽春(まんじゅしゅん)」です。長命を祝う言葉、年老いても若いと言う意味だそうです。

 

他にも、幾つかの場所を見学しましたが、写真撮影不可の場所もあり、ご紹介出来るのは、この位です。帰りの仙台市内行きのバスは渋滞する事なく、予定通り戻る事が出来ました。一人旅はちょっと寂しいのですが、何故か話し掛けられやすい体質の私、地元の方々としっかり交流してしまいました。今回も楽しい1日を過ごす事が出来ました。

 

ではまた。