神奈川の出張に同行➁。

昨日は、神奈川県の美味しかったものを中心にお届けしましたが、今日は予告していた通り神社仏閣を中心にご紹介します。ですが、その前に!とても可愛らしくてグッズ販売がなされていることも頷ける『江ノ電』から。

 

↓ 早朝、『藤沢駅』から『江ノ島駅』に向かう際に初めて利用しました。『江ノ電』の始終着駅である『藤沢駅』のホームにて待っていると、反対側の『鎌倉駅』方面から電車が入ってきました。

f:id:kuksa:20141123182451j:plain

 

車体には「305」という数字が付されています。これは、最も古い〝300形〟の一つで、昭和30年代から走行しているとのこと。確かに、停車するたびに「ギギィードン」と音がします。そんな音も、江ノ電路線では何故か心地よく聞こえてしまうので不思議です。

 

↓ 同じ車両ですが、『鎌倉駅』側に移動してみてみると〝10形〟と呼ばれる1997年に開通95周年を記念して造られたレトロ車両が連結されていました。緑色とクリーム色が一般的な『江ノ電』の中で、唯一の紺色。オリエント急行のようなデザインです。

f:id:kuksa:20141123183441j:plain

 

最新車両では、行き先などが電光掲示板であったり車内に液晶ディスプレイが配備され、沿線の名所紹介が放映されているそうです。残念ながら、外からは見ることができましたが、最新式の車両に乗ることはできませんでした。

 

では、『江ノ電』のご紹介はこの位にして、いよいよ今日の本題、鎌倉の神社仏閣のご紹介に進みたいと思います。

 

↓ 今回、初めて訪れたお寺は『円覚寺』です。

f:id:kuksa:20141123183906j:plain

 

神奈川へ向かう前、「どこへ行こうかな?」と考えつつ、地図を見ていた時に「どうやら、ここのお寺は大きいぞ!」と思い、最初に行くお寺に決めていました。行くと決めると同時に、「どんなお寺?」という疑問が湧いたので、調べてみました。

このお寺、『北鎌倉駅』から、徒歩3分程の駅近くにあります。臨済宗円覚寺派大本山で、1282年(弘安5年)に鎌倉幕府8代執権の北条時宗が中国より無学祖元を招くことで創立したお寺です。『元寇』や『蒙古襲来』と言われる、文永の役(1274年)と弘安の役(1281年)で多くの方が亡くなり、その追悼のために作ったとされています。山号を『瑞鹿山(ずいろくさん)』と言い、正式には『瑞鹿山円覚興聖禅寺(ずいろくさんえんがくこうしょうぜんじ)』といった長い名前があります。中国の『五山制度』ならい、禅宗保護と統制目的に定められた格付けである『鎌倉五山』では、 第二位に位置づけられています。ちなみに、第一位は『建長寺』、第三位は『寿福寺』、第四位は『浄智寺』、第五位は『浄妙寺』とされています。

こちらでは、2つの国宝を見ることができますが、今回はそれ以上にある意味(?)珍しいもの(人)に出会いました。それは…『假屋崎省吾さん』です。ちょうど、『假屋崎省吾の世界~百花繚乱~』という生花の展示期間中で、この日はご本人がいらしたのです。正直、それほど興味のなかった私ですが、お寺内を散策していると、妙に派手な案内が目に入ります。それに、普段はお寺になんてご縁のなさそうな方々が歩いておられます。「何があるんだろう?」と案内を見てみると、〝假屋崎先生がお越しです!!!〟といった内容の文字が…。折角なので会場となっている『佛日庵』へ足を延ばしてみると、何とも強烈な色彩が…。生花の後ろには、ご自身がデザインされた振袖も飾られ、中々の激しい色、色、色でした。本当にお花を見に来たのか、喋りに来たのかよく分からないおばさん集団を避けつつ、一通り見学後、グッズ販売のコーナーでは、お店の方なのか假屋崎さんの関係の方なのか分からない方に「カレンダーはいかがですか?サインできますよ」とすすめられました。一応、パラパラ…と捲って見てみると、展示されているものよりもさらにド派手なお花が印刷されており、目をシバシバさせているとすすめてこられた方が「これをお部屋に飾るとお花がいらないくらいですよ、そんなこと言ってはいけませんが…」みたいなことをおっしゃいます。正しく、そんなこと言ってはいけません!というか、そんな気持ちが理解できません!と思い、「私はお花を飾りますので…」とお断りするやいなや、後ろから「素敵でしょぉぉ~」と聞きなれた声が…。假屋崎さん、ご本人でした。テレビと全く同じ、飾らない雰囲気で丁寧に声を掛けてくださいました。假屋崎さんご本人の方が素敵だったなぁと思いながら、会場を後にしました。

※展示関係者の方々、失礼なことを書いてごめんなさい…。

 

↓ 誰でも入ることができる場所にも、假屋崎さんの生花がありました。こちらは、展示会場とは異なり、落ち着いた雰囲気のものでした。

f:id:kuksa:20141123184254j:plain

 

次に、『円覚寺』から『鎌倉駅』方面に15分程歩いた場所にある『明月院』を訪れました。〝あじさい寺〟として有名なお寺ですが、いつかは行ってみたいと思っていた場所でした。紫陽花のシーズンであれば良かったのですが、それでも美しいお寺であることには変わりありませんでした。

明月院』は国指定跡になっており、1160年(永暦元年)創立の『明月庵』が起源となっています。『明月院』はその成り立ちがちょっと複雑なので、ここでは省略します…。というのも、複数説あるようなのです。

 

↓ こちらでも最も有名な『円窓』で、本堂にあり、後庭園を覗くことができるようになっています。奥に見えているモミジはまだ紅葉しかけ、といった頃でした。

f:id:kuksa:20141123200839j:plain

 

↓ 『明月院』はその名の通り、〝月〟や、月からの連想か〝ウサギ〟にまつわるものがあちこちに配されていました。本堂では、ウサギの屏風もありました。本堂内は写真撮影禁止なのですが、こちらのお花は大丈夫とのこと。ススキだけが入っていましたが、この後、どんどんお花が足されていきました。

f:id:kuksa:20141123200759j:plain

 

次のお寺で一人旅はひとまず終了です。この日、最後のお寺は『銭洗弁財天』へ。

『銭洗弁財天』は元々、行く予定をしていなかったのですが、先日会った友達に「今度、鎌倉を観光することになった」と話した際に、「銭洗弁財天が有名!」と聞き、行ってみました。『銭洗弁財天』は、本来は『宇賀福神社』と言いますが、今ではすっかり「銭洗いさん」として有名なようです。その歴史は、源頼朝が巳年の1185年巳の月(旧暦4月)、巳の日に見た霊夢に従って佐助ヶ谷の岩壁に湧く水を見つけ、そこに人頭蛇身でとぐろを巻いているとされる『宇賀神』を祀ったことが起こりとなっています。その後、次第に世の混乱が落ち着いたとされ、同じく巳年の1257年には北条時頼がここの霊水でお金を洗って一族繁栄を祈ったことが銭洗の始まりと言われています。

 

↓ 急な坂の途中に突如ぽっかりと穴の開いた岩壁があります。そのトンネルを通り過ぎると、境内に繋がっていました。

f:id:kuksa:20141123200926j:plain

 

境内自体には、何時でも入ることができるようですが、御線香や蝋燭を買えるのは16:30までです。でも、実際には、私が訪れた16:10頃には片付け始められており、この日、御線香などを買うことができたのは、私が最後だったように思います。「おねえちゃん、もうすぐ火を消すから早くつけてね」言われるがままに、急いで火を灯しました。その場で、ザルを借りてお金を洗いに行きました。

 

↓ いろいろな御縁と出会えるよう、〝5円玉〟をたくさん洗うことができれば良かったのですが、お財布の中に5円玉は多くなく、持っていた小銭全部を洗ってみることにしました。洗う場所には、「有意義にお使いください」と書いてあったので、その後、1番最初の使い道として募金箱に入れました。

f:id:kuksa:20141123201019j:plain

 

お金を洗い終わって出てくると、既に御線香や蝋燭を販売していたところのシャッターは閉じられており、私のつけた御線香や蝋燭も…消えていました。「一瞬、つけただけ?」と思いましたが、間に合ったので良しと思うことにしました。

 

気がつけば…随分、長くなっていました。ここまでが神社仏閣巡りの一人旅部分です。後半は、旦那さんと一緒に訪れたところをご紹介したいと思います。

では、続きはまた明日!!!

最後までお付き合いありがとうございました。